レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

花咲くポニーの丘で ⑤

それはキャンディにとって久し振りのシカゴだった。
(もう一度、ちゃんとアルバートさんと向き合って話をしてみよう。自分の気持ちをしっかり伝えるのよ。それでダメなら仕方ないわ。)
そう決意してシカゴの駅のホームに降り立ったのだ。
馬車での道中に見かける、あちらこちらの建物に付いているアードレー家の紋章。
否応なしに見せつけられるその権力。
その権力の頂点にいるのが、今まさに会おうとしているその人。
優しい笑顔はどうしても権力のイメージとは結びつかない。

アードレー家本宅。ここに今会いたくて堪らない人がいる。
「キャンディ!」懐かしい声、アーチーだ。
「いったいどうしたんだい?急に来るなんてビックリだよ」敢えて明るい声で話しているように見える。

「私、アルバートさんに会いに来たの」

アーチーはその一言で来訪の目的を悟ったようだった。

「そう。あいにく彼は今、ここにはいないんだ。取りあえずこっちにお入りよ」

そう言って、来客用の部屋にキャンディを案内した。
「・・で、今日来たのは明日のパーティのためかい?」アルバートがいないと知り、ガッカリした様子のキャンディを見ながらアーチーが言った。彼はまだキャンディの本来の目的が掴めていないようだ。
「いえ、明日のパーティには出ないわ。ただ、アルバートさんと話したいことがあっただけよ」

「パーティに出ない?」
アーチーはてっきりキャンディがパーティに出席するものだと思っていた。
アルバートさんは明日のパーティにキャンディを出席させて、事前に婚約披露を取りやめようとしていたんだよ。パーティの目的は聞いているね?」
「えぇ、知っているわ。でも、取りやめるっていったい・・・」
キャンディは頭が混乱してきた。
「彼は君に何も言わなかったの?」
「えぇ。ただパーティでエスコートさせて欲しいと言っていたわ。でも、その時は断ったの。パーティの目的も知らなかったし。」
アーチーは少し苛ついた表情をすると「それで、目的を知って慌てて来たってわけかい?」と長い足を組むように椅子に腰掛けた。
「そういう訳じゃないわ。ただちゃんとアルバートさんと向き合って、本心で話がしたいと思っただけなのよ」
いつもと雰囲気の違うアーチーに戸惑うキャンディ。
しばらく考え込むと、彼は一つ大きく息を吸い込んで話し始めた。
「僕はね、キャンディ。ずっと君のことが好きだったよ。今でもそうさ。アニーに対する気持ちとは違うんだよ。だから本心は君をアルバートさんに取られたくなかった。でも、この1年ずっとアルバートさんのそばで仕事をしてきて、彼のことがよくわかってきた。穏やかな温かい気持ちで君のことを見守り続けていることも・・。そして、その気持ちが愛だってこともちゃんとわかっているさ。それと・・・君の本当の心の在処もね」
そう弱々しく笑うアーチーの言葉をキャンディはじっと聞いていた。
「だから・・僕に出来ることは君の幸せを願うことしかないとわかったんだ。アルバートさんは君を愛している。君への想い故に縁談を断り続けていたんだよ。でも、今回はどうしようもない。彼の肩にはアードレー一族が圧し掛かっているんだ。だけど・・君とアルバートさんの愛情と信頼があれば、きっと乗り越えられると信じているよ。僕に言えるのはそれだけだ」
そう言い切った彼は、もういつもの優しいアーチーだった。
そう言えるまでにどれほどの苦悩があっただろう。
「ジョルジュが部屋にいる。彼ならアルバートさんの居場所も知っているだろう。行ってごらん」優しくそう言うアーチー。
「ありがとう、アーチー。忘れないで、私達はいつまでも最高に素敵なお友達よ」
そんなキャンディの言葉に彼は「そうだね。」と小さく笑った。


「キャンディス様!」突然の来訪にジョルジュは驚いた様子だった。
「驚かせてごめんなさい、ジョルジュ。でも、どうしても訊きたいことがあったの。アルバートさんの居場所を教えて欲しいの。どうしてもアルバートさんと話したいことがあるのよ」
「キャンディス様。申し訳ありませんがウィリアム様の居場所をお教えすることは出来ません。ウィリアム様のきついお申し付けでございます」
以前のニールとの婚約話の時は教えてくれたのに・・・。
それだけ事が重大なのだろう。

「それなら、彼の婚約のことを教えて。アードレー家にとって、そんなに大切なことなの?」
ジョルジュはしばらくキャンディの顔を見ていたが、やがて小さな溜息をついた。
(キャンディス様、わたくしはあなた様のそのくったくのない目が苦手です。あなた様の緑色の瞳に見つめられると何でも喋ってしまいそうになる)
「ジョルジュ、お願いよ」キャンディはさらに縋るような目をする。
意を決したように、ジョルジュは小さく息を吸い込むと話し出した。
「アードレー家は今でこそシカゴ一を争う名家ですが、もともとはスコットランドからの移民。昔は成り上がりだの田舎者だの色々と陰口も叩かれたそうです。そんなアードレー家を一流の名家にすることが一族の代々からの夢でした。エルロイ様はその夢を実現すべく、ウィリアム様のご縁談を決められたのです」
「そんなにこの縁談はアードレー家にとって重要なものなの?」
「お相手のバーンズ家は財力こそアードレー家に叶わないものの、ヨーロッパ貴族の流れを汲む家柄はアメリカでも一流でございます。そのご令嬢を迎えられればアードレー家にとっては大変な名誉となるでしょう」
「でもアメリカには・・」
「はい、貴族はございません。だからこそ、伝統や格式といったものに対する憧憬はかえって強いのかもしれません」
そんなことは考えたこともなかった。アルバートが身を置くのはそんな世界なのだ。
いつも優しい声と穏やかな笑顔。キャンディの知っているのはそんなアルバートだけだった。
「お相手はどんな方?」段々とキャンディの声が弱くなる。
「とてもお美しく、人柄も申し分ない方でいらっしゃいます。何よりもウィリアム様を愛しておられます」
家柄、人柄、容姿・・そしてアルバートさんへの愛。
そんな神の祝福を、溢れるほど受けて生まれてきたような人がこの世にはいるんだ。
孤児だった自分を恥じたことは一度もなかった。でも・・・。
(バカなキャンディ・・・)
逆立ちしたって敵うわけないのに。ほんの少しでも希望を持つなんて・・。
「そう・・・。素敵なお話ね。アルバートさんも幸せだわ」
(お願い、声よ震えないで!)
「お幸せかどうかはウィリアム様ご本人にしかわかりません」
「幸せに決まってるじゃない!そんな良縁、どこを探したってないわ!」
もう流れる涙にさえ気付いていなかった。
「キャンディス様・・・」
「ごめんなさい。私、帰ります。アルバートさんに伝えて。お幸せにって・・・」
キャンディはそう言うと静かにその場を立ち去った。
ジョルジュは長い間、何かを考え込むようにキャンディの立ち去ったドアを見続けていた。