レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

愛 の 夢 ①

※「花咲くポニーの丘で」のその後の物語です。

 

「雪・・・。」
キャンディは窓の外を見やってそう呟いた。


ここは広大な敷地を持つシカゴのアードレー家本宅。
キャンディがここで暮らすようになってもう1年が経つ。
アードレー家総帥アルバートの優しい求愛。
長い年月温めてきた、お互いの愛情と信頼を確かめ合った日々。


キャンディはそっと部屋の外に出た。
結婚してから気付いたことがいっぱいある。


サロンから流れてくる優しいピアノの音色。


これもそうだ。
アルバートがピアノを弾くなんて全然知らなかった。
優しく流れるような旋律。

まるで彼自身のような音色だ。


そっと近づく。
キャンディの気配に気がついたのか、ピアノの音がフッと止まった。
「とても優しくて綺麗な曲ね。なんていう曲なの?」
アルバートの肩にそっと手を置きながら微笑んだ。
ピアノの主はキャンディを見上げると優しい笑みを返す。

「リストの『愛の夢』さ。」(注)

「『愛の夢』?」
 曲調にピッタリの名前だと思った。
「もともとは歌曲だったんだけどね。ピアノの独奏用に編曲されたんだよ。僕の好きな曲さ。ずっと昔、君のことを想ってよく弾いたものだ。」
「まぁ。」
「夢は夢のままかと思ったこともあったけど、今はこうして君がそばにいてくれる。僕の夢は叶ったようだね。」
 愛しそうにキャンディを見つめる優しい眼差し。
 心から幸せだと彼女は思った。
アルバート。あなたとこうしているのが夢のようだわ。このままずっとこの幸せが続くかしら?」
波乱の人生を送ってきたキャンディにとっては、やっと見つけた穏やかな時間なのだ。
「続くさ。僕たちの愛は変らないんだから・・。そうだろう?」
そう言って彼はキャンディに優しく口付けした。

 

想いが通じ合ってから半年後、二人は結婚した。
アルバートがそのことを告げた時のエルロイの顔は今でも忘れられない。


記憶喪失のアルバートをキャンディが看病し続けた話を聞いてからの彼女は確かに変った。
キャンディに対する露骨な嫌悪は見せなくなった。
いや、それよりも過去の言動を恥じるそぶりさえ見せた。
だが、多少の照れもあるのかハッキリとした謝罪はなかった。
それでも彼女の心は少しずつ融けていったのかもしれない。
そんな彼女ではあったが、やはり二人の結婚という話を聞くと良い顔はしなかった。
今でもバーンズ家との縁組に未練を持っているのだろう。
そして、孤児院出というキャンディの出自にこだわりがあったのも事実かもしれない。


「ウィリアム、急ぐ必要はありません。あなたの一生のことですよ。もっとゆっくり考えたらどうですか?」
 甥とはいえ、アードレー家の総長。
さすがに面と向かって反対は出来なかったようだ。
(メアリの時はさんざん急かしたというのに・・・。)
アルバートはエルロイの言葉に苦笑した。
「もう十分すぎるほど考えましたよ。これ以上考えても答えは同じです。」
「ウィリアム。でも・・。」
 「大おばさま、僕はキャンディと結婚します。これはお伺いではなく、ご報告です。あなたが反対されるのであれば、それでもけっこう。ただ、僕もキャンディも全ての人に祝福されることを望んでいます。だからあなたにも祝福して欲しい。それだけのことです。」
キッパリとそう言い切ったアルバートの顔は、まぎれもなくアードレー家総長の顔だった。


「ウィリアム・・・。わかりました。アードレー家においてあなたの決定は絶対です。キャンディをあなたの妻として・・認めましょう。」
エルロイとしては認めざるを得なかった。
総長の決定は絶対。
誰よりもそのことを知っているのはエルロイ自身だ。
自分だけ認めない・・・、例えそうしたとしても何も変りはしないだろう。
アルバートの権力は絶大なのだ。
そしてその妻となるキャンディも・・・。


「早速ですが、来月に式をあげたいと思っています。」
さすがにその言葉にはエルロイも仰天した。
「な、何を言っているのです?いきなり来月なんて。婚約もしていないのに式なんて!」
「僕とキャンディの間ではもう半年前から婚約していますよ。」
アルバートは平然と言った。
「こ、婚約披露パーティを開いて、しかるべき婚約期間を置いて、それからですよ式は・・。いきなりなんて、そんな話は聞いた事がありません。」
「前例があろうがなかろうが、そんなことは構いません。婚約期間なんて・・そんなもの、僕にはもう待てませんね。」
エルロイが唖然としている。
「僕がキャンディの心を得るまでに、いったい何年かかったと思いますか?これ以上、僕に何を待てと言うのです?そんなことをしていたら気が遠くなる。あなたは僕が結婚を待ちわびて、気もそぞろな総長になっても構わないとおっしゃるんですか?」
半分笑いながら楽しそうなアルバート
(これが、あれほど縁談を嫌がっていたあのウィリアムと本当に同一人物なのだろうか?)
 開いた口が塞がらないエルロイはもう何も言葉が出てこなかった。

 

 次の月、アルバートとキャンディはシカゴで盛大な結婚式をあげた。
イリノイ州知事、シカゴ市長を初めとするそうそうたる人物が揃い、戦後処理を兼ねたヨーロッパ外遊がなければ大統領も出席するのでは・・との憶測も流れたほどの結婚披露パーティだった。
一番予想外だったのが本人達かもしれない。
そんな豪華な結婚式など、考えてもいなかったのだから・・・。
ただ、「アードレー家の対面を保つため・・。」とのエルロイの涙ながらの懇願にとうとう二人が折れざるを得なくなった。
メアリとの婚約直前の破談、いきなりのキャンディとの結婚。
エルロイにとってはあまりにも衝撃の大きい出来事が続いたことへのいささかの負い目もあり、仕方なくアルバートが一歩引いた形となったのだ。


結婚披露パーティでの出席者の表情は悲喜こもごもだった。
満面の笑みで祝福してくれたアニーとパティ。
娘を嫁に出すような寂しさと喜びの涙を浮かべたポニー先生とレイン先生。
あまりの豪華さにデザートさえ食べることを忘れたポニーの家の子供達。
「堂々と酒が飲める。」と喜々としたマーチン先生。


その中でイライザはパーティの間中、周りの人間に当り散らしていた。
(キャンディがアードレー家の総長夫人ですって!?なんてこと!いつか追い出してやろうと思っていたのに。もう大おばさまは頼りにならないし、覚えていらっしゃい!)
ニールは罵声を浴びせた人物が大おじさまその人と知ってから毎日をビクビクと過していた。
(大おじさまは怒っているだろうか。アードレー一族を追われたらどうすればいいんだ。)
ビクビクしていたのは聖ヨアンナ病院のレナード院長も同じだった。
なにせ彼はこともあろうに、アードレー家の総長を「魔の0号室」に入れた張本人だったのだから・・。
おまけにことごとく対立したあげく、解雇までしてしまったキャンディはその総長の妻。
彼はおそらく一生、この夫妻の前では頭を上げられないだろう。

 賑やかなパーティの輪の中心から一人外れた人物がいた。

キャンディ・・。とうとう結婚してしまったんだね。
兄貴、アンソニー・・見てるかい?キャンディはとっても綺麗だろう?
僕たちはきっと、こんな幸せそうなキャンディの姿を見たかったんだ。
あの頃僕たちは、将来隣にいるのは自分だと信じていたよな。
兄貴・・アンソニー・・。僕に力を与えてくれよ。
心からキャンディの幸せを願えるように・・・。

アーチーは寂しく主役の二人を見つめていたが、やがて自分をそっと見守る瞳に気が付いた。
それはずっとアーチーだけを見続けてきたアニーだった。


膨大な数の招待客の中をアルバートとキャンディはにこやかに挨拶をしながら歩んでいたが、そんな二人の足が突然止まった。


「スザナ!」

 

 

※注・・・『愛の夢』には第1番から第3番までありますが、ここでは最も有名な第3番をイメージして書きました。