愛 の 夢 ②
「まぁ、スザナ。よく来てくれたわ。」キャンディが嬉しそうに駆け寄った。
「キャンディ、おめでとうございます。今日のあなたは格別にきれいだわ。」
松葉杖はついているものの、さして不自由な様子もなくスザナもにこやかに答えた。
「ミス・マーロウ、お会いできて光栄です。ウィリアム・A・アードレーです。」
アルバートもそう言って優雅にお辞儀をする。
「ミスター・アードレー。ご招待ありがとうございます。」
「アルバートで結構ですよ。ところでテリュースくんは?」
「テリィは、その・・。次の公演が間近で、どうしても出席できないとのことでしたわ。ご無礼をお許し下さいませ。」
スザナは少し躊躇った様子だった。
「そうですか。それは残念だ。久し振りに会えると楽しみにしていたのですが・・。ねぇ、キャンディ。」
アルバートは明るくキャンディに声をかけた。
「えぇ、そうね。でも、公演があるのなら仕方ないわ。私はスザナに会えただけで嬉しいわ。」
その瞳にはもう何のこだわりもないように見えた。
スザナはそんなキャンディの幸せそうな表情を見ながら、先日のテリィの姿を思い出して いた。
「テリィ、本当に結婚披露パーティには出席しないつもりなの?せっかく招待状を頂いたのに・・。」
「スザナ・・。俺は行かないよ。いや、行けないんだ。」
そう言って、テリィは手にしていた新聞を握りつぶした。
その社交面には大々的にシカゴの名家、アードレー家の若き総帥の結婚について書かれてあった。
「テリィ・・・。」
「すまないが、一人にしてくれないか。」
テリィ、あなたはまだキャンディが忘れられないのね。
仕方がないわ。あなたが彼女を忘れる日は、おそらく一生来ないでしょう。
でも、あなたは私のそばにいることを選んでくれた。それだけで十分よ。
スザナは主役の二人に軽くお辞儀をすると静かにその場を立ち去った。
~同じ頃、ニューヨークのストラスフォード劇団稽古場~
誰もいない稽古場に一人佇むテリィ。
本当は稽古の休養日だったが、とてもジッとしていられない。
何度も何度も同じセリフを言う。
だが、どうしてもセリフが思うように入ってこない。
「くそっ!」
思わず台本を床に叩きつける。
キャンディ。君は今頃・・・。
テリィの脳裏にウェディングドレスを着た彼女の姿が浮かぶ。
そして、その横に立つアルバート。
ウィリアム・A・アードレー。
キャンディがいつも言っていた「ウィリアム大おじさま」。
まさかそれがアルバートさんだったなんて・・・。
ロンドンでの出会い。ブルーリバー動物園で動物と戯れるアルバート。
新聞に載っていたアードレー家総帥の写真。
間違いなくアルバートだったが、どうしても同一人物とは思えない。
そして・・、どうしてこんなことになったのか。
“アルバートさんと一緒に住んでいます。”
シカゴから届いた初めての手紙。
そこには確かにそう書かれてあった。
ビックリはしたものの、不思議と違和感や嫉妬はなかった。
なぜかはわからない。
しかし・・・。
あの時、俺はなぜキャンディを迎えに行かなかったんだろう。
あの時すぐに迎えに行っていたら、運命は変っただろうか。
そうすれば今、キャンディの横にいるのは俺だったかもしれない。
だが、もう・・・。
テリィはそのまま夕日が傾くまで立ちつくしていた。
再びピアノの音が流れ始めた。
邪魔をしないように、キャンディはそっとサロンを出る。
盛大な結婚式からもう1年。
慌しくもあり、穏やかでもある1年だった。
上流階級の生活に慣れるのは大変だったが、いつもそばにはアルバートがいた。
彼がそばにいてくれると何も怖いものはなかった。
暖かく、柔らかい上質の毛布に包まれているようなそんな感覚。
気がつけばいつもこの幸せが続くことを願っている。
あまり多くの幸せを手にしたことのなかったキャンディにとって、溢れるような幸せは反対に怖かった。
(あまりにも多くのものを手にしてしまって、神様に嫉妬されたら・・・。)
キャンディは付き纏う不安を必死で振り払おうとしていた。