愛 の 夢 ⑩
「ディルマンさん。僕は彼女に初めて想いを告げた時、ポニーの家まで祈るような気持ちで車を走らせたんですよ。どうやら、今回も同じ事をしないといけないらしい。」
彼はそう苦笑しながら溜息をついた。
「アードレーさん、では・・・。」
「彼女を迎えに行く。」キッパリとアルバートが言った。
「ディルマンさん。もう一つだけお訊きしてもいいですか?」
「何でしょう?」
「ディルマン家といえばシカゴでもかなりの資産家。その嫡男であるあなたがなぜ・・。」
「なぜカメラマンを・・ということですか?あなたと同じですよ。」
「私と?」
「僕は家柄やお金や・・そんなしがらみに縛られて生きるのがいやになったんです。自然はいい。何ものにも縛られることなく、自由でいられる。そこには醜い欲や裏切りもない。ずっとそんな自然に触れていたかった。だから風景カメラマンになったんです。姿を隠して放浪していたあなたと同じでしょう?ただ違うのは、幸いなことに僕には弟がいるということです。あなたはけっきょくアードレー家に戻った。しかしディルマン家は優秀な僕の弟が継いでくれるでしょう。その方がディルマン家のためだ。そういう意味ではあなたより僕の方が幸せかもしれない。けれど、あなたにはあんな素敵な奥さんがいる。とどのつまり人は皆、同じだけの幸せを持って生まれてくるということですよ。」
そう言って笑うスコットにアルバートは同調の笑みを浮かべた。
今・・、ポニーの家までの道のりをアルバートは一心に車を飛ばしていた。
キャンディ。なぜ僕は君を完全に信じることが出来なかったのだろう。
なぜ、君の話を聞いてやろうとしなかったのだろう。
君はいつだって僕だけを信じてくれていたのに・・・。
キャンディ。君は僕を許してくれるだろうか。
もう一度、あの笑顔を僕に見せてくれるだろうか。
神よ!どうか何もかもが遅すぎませんように。
アルバートがポニーの家に着いた時、慌しい雰囲気の中レイン先生がちょうど出てきた
ところだった。
いつものシスター姿とは違い、外套を羽織っている。
いつもと違う雰囲気に胸騒ぎがした。
「アードレーさん!あぁ、ちょうど良いところに。お願いです、キャンディが!」
「キャンディがどうしたというのです!?」
胸騒ぎは嫌な予感に変り、レイン先生の表情を見た時、確信に変った。
レイン先生の声にポニー先生も出てきた。
「おぉ、アードレーさん。キャンディを、キャンディを探して下さい。出かけると言ったきり、もう何時間も帰ってこないのです。あの子はここへ帰ってきてからというもの、めっきり口をきかなくなり、毎日雪を見ると言っては外へ出て行くのです。今が一番大切な時なので身体を冷やすようなことはいけないと言ったのですが、まるで私達の声が聞こえていないような様子で・・。それでも1~2時間もすれば帰ってきていたのが、今日はもう何時間も!」
最後の方はもう涙声になっている。
「日に日に弱々しくなっていくあの子を見ていられなくて・・。あの子はもう生きることに執着を持っていません。ずっと苦労していたあの子がやっと見つけた幸せなのに・・。あの子がお腹の子供と共にどこかへ消えてしまいそうで。」
レイン先生もそう言うとワーッと泣き出してしまった。
アルバートはもう何も聞いてはいなかった。
「キャンディ!」
そう叫んだ時はもう駆け出していた。
雪に足を取られる。
何度も転びそうになる。
それでもポニーの丘に駆け登った。
(いない!)
二人で登った大木があった。
“アルバートさん、どっちが早く登れるか競争よ。”
「キャンディ!どこだ?返事をしてくれー!!」
精一杯の声を張り上げて叫ぶ。
けれど・・、愛しい者の返事は返ってこなかった。
いったいどれほどの時間が経ったのだろう。
もう、冷え切ったアルバートの手足の感覚はなくなっていた。
茫然自失になりながら、気が付けばポニーの丘から反対側に下りていた。
「ここは・・・。」
一度だけ来た事がある。
“アルバートさん、秘密の場所を教えてあげる。皆には内緒よ。ここはね、一番最初に春がやって来るのよ。”
(キャンディ。君は毎日、丘の向うの春を待っていたというのか?)
一部分、雪の融けた地面に小さな紅色の花が咲いていた。
雪割草だ。
キャンディがあれほど待っていた春。
それはもうそこまでやって来ているのだ。
なのに・・、君の姿だけがない。
その時。
アルバートの視界に何かが飛び込んできた。
雪の中にうずくまり、まるで眠っているような女性。
透き通るような肌は妖精のようだ。
この世の全ての苦しみから解き放たれたような、穏やかな顔。
「キャンディッ!!!」