レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

愛 の 夢 ⑧

それから数日間、キャンディはずっとベッドに臥せったままだった。
襲いくる激しい嘔吐感。つわりなのだろう。
いつも辛い時、必ずそばにいてくれた人は今はいない。


「キャンディ、大丈夫かい?」
そっと部屋に入りながら、気遣うようにアーチーが尋ねた。
「アーチー、来てくれたのね。大丈夫よ。さっき、アニーとパティも来てくれたのよ。
大おばさまやジョルジュも来てくれたんだけど、みんな私のこと腫れ物に触るようだったわ。可笑しいでしょ?」
儚げな表情が痛々しくて見ていられない。
「キャンディ・・。アルバートさんは?」

アーチーは掠れた声でかろうじてそう訊いた。
「彼は・・来ないわ。」キャンディは寂しそうに呟く。
(やっぱり・・・。)
せめてアルバートが声をかけてくれたらと、そう思っていたのだ。
「ねぇ、アニーとはどうなっているの?あなたもアニーが好きなんでしょう?」
急なキャンディの言葉に彼は面食らった。
「確かに好きだよ。彼女はずっと僕を見続けてくれた。だけど、僕は・・・。」
「ねぇ、アーチー。物語のように『幸せの青い鳥』はすぐ自分のそばにいるものよ。私にとってアルバートがそうだったように、アーチー・・、あなたのすぐそばにもきっといるわ。でももう、私の鳥はどこかへ飛んで行ってしまったのかしら・・。」
今にも消えてしまいそうなキャンディの姿にアーチーは、一瞬彼女をこの腕に抱きしめたい衝動に駆られた。
(このまま彼女を攫って逃げようか!)


なにをバカなことを・・・。
アーチーは一瞬浮かんだ馬鹿げた考えを一蹴した。
キャンディは一度だって友達として以外、僕を見たことはなかった。
アンソニーが死んでもテリィと別れても、そして今アルバートさんとの愛が消えかけていても、これからも彼女にとって僕は親友以外、決してありえないのだ。


アーチーは柔らかい微笑を一つキャンディに投げかけた。
今、やっとわかったような気がする。
長い間心に秘め続けてきた想いが、やっと昇華されるような気がした。


「キャンディ、以前君は言ったね。『私達はいつまでも最高に素敵なお友達よ。』って。今、僕もそう思うよ。僕達はどんな時も一番の友達なんだ。君と出会えて本当に良かったよ。」
「私はいつだってあなたと出会えて良かったと思っているわ。」
今、二人の間にあるものは本物の友情。
優しく夕日が部屋に射し込み、やがて二人を暖かく包んでいった。

 

相変わらずアードレー家の重苦しい空気は変らない。
アルバートは必要以外、自室に籠りがちになった。
そんなある日、アーチーが慌てたようにアルバートの部屋に飛び込んできた。


アルバートさん!大変だ、キャンディが!」


急きたてられるようにキャンディの自室に赴くと、テーブルの上に手紙とあのエメラルドの指輪が置かれてあった。
手紙の宛名はアルバート
アルバートさん。キャンディは何て?」
アーチーは手紙を読むアルバートを急かした。
騒ぎにジョルジュも駆けつけて来る。
手紙をそっとポケットにしまうとアルバートは「キャンディはポニーの家に帰るそうだ。」
一言そう言った。
「ポニーの家に?あんな身体なのに?アルバートさん、すぐに彼女を迎えに行くんでしょう?」
アルバートは黙っていた。
アーチーもジョルジュもなぜアルバートが動かないのか不思議だった。
「ウィリアム様?」
堪りかねたようにジョルジュが声をかける。
「彼女なりの考えがあってのことだろう。今はそっとしておくよ。」


その言葉にアーチーの怒りが爆発した。
「キャンディがどんな思いでポニーの家に帰ったかわかるだろう?周りがみんな酷い目で彼女を見て。唯一の頼りである貴方に見捨てられたら、キャンディはいったいどうしたらいいんだよっ!」
「アーチーボルト様。お止め下さい!」
ジョルジュがアルバートに掴みかかろうとするアーチーを必死で止めた。
「一人にしておいてくれないか。」
アルバートの言葉にもう誰も何も言うことは出来なかった。

 

アルバート。あなたとこうしているなんて夢のようだわ。
ずっとこの幸せが続くかしら?”


アルバート。一人で寂しかったわ。早く帰ってきてくれてありがとう。”


アルバート。あなたを愛しているわ。本当よ、愛して・・・。”


「キャンディ・・。」
お互いの愛と信頼を確かめ合った日々。
あれはまぼろしだったのか?
確かに手に入れたと思ったのに・・、夢は夢でしかなかったというのか?
どうして皆、僕を強い人間だと言うのだろう。
悲しみ、怒り、嫉妬・・・。
当たり前のように人が持っているその感情を、どうして僕が持つことを許されないのだろう。


「僕だって一人の人間なんだ!!」


アルバートの拳が思いっきり壁掛け鏡に叩きつけられた。
滴る血・・・。
ひび割れた鏡・・・。
そこに写った自分の姿・・・。
ひび割れた自分の顔をじっと見つめる。
うつろな目。これが今の本当の姿なんだ。
愛する者の裏切りへの悲しみ、怒り・・そして愛する人を奪った者への嫉妬。
「キャンディ・・。それでも僕は君を愛することを止められないよ。」
拳に流れる血。
それはアルバートの心に流れ続けているものなのかもしれない。