レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

花咲くポニーの丘で ⑥

  ~レイクウッド~

 

アルバートは一人サンルームにいた。
大おじさまとして初めてキャンディの前に立った、二人にとって忘れられない思い出の場所だ。

キャンディ。アルバートとして初めて君と出会ったのはこのレイクウッドだったね。

ロンドン、そしてシカゴ・・。その時は記憶を失っていたっけ。

一生懸命僕の世話をしてくれて、君との二人の生活が始まった。
過去の自分を取り戻せない不安と、それすら受け入れられるような穏やかな日々。
このまま君と一緒に暮らせるのなら、記憶が戻らなくてもいいと思ったこともあった。
いったいいつからだろう、君を妹ではなく一人の女性として愛し始めたのは・・。
一途にテリィを愛する君。そんな君を温かく見守るつもりでいたのに・・。

ずっと君の兄でいるはずだった。

だけど、運命はいつも気まぐれだ。

けっきょく君はテリィと別れ、僕は記憶を取り戻した。

『丘の上の王子さまっていってね、私の初恋の人なの』

無邪気に語っていた君。
君にとっては遠い日の淡い思い出に過ぎなかったのだろうけど、僕にはとても重かったよ。
まさか目の前の僕がその王子さまだなんて・・信じられるかい?
だけど、満面の笑顔で駆けて来た2年前のあの日。
僕は決心した。ずっと君を見守っていこうってね。
運命の流れに逆らわず、身を任せればいい・・と。

それが今はどうだろう?
激流に逆らおうとしてもがいている。
自分はこんなにも弱い人間だったのか・・。


「ウィリアム様」
いつの間に入ってきたのだろう、気が付けばジョルジュがいた。
「もう、そろそろご出発なさらなければ夜のパーティには間に合いません」
「あぁ、もうそんな時間かい?ずいぶん長いこと昔の思い出に耽っていたよ。もう・・あの頃には戻れないんだろうね」
気弱に呟くアルバートをジョルジュは厳しい目でみつめた。
「ウィリアム様がそう思っておいででは、決して戻ることは出来ないでしょう。わたくしの存じあげているウィリアム様はいつもご自身の生きる道を信じておいで でした。そしてどんな困難が起ころうとも、決して生き方を曲げるお方ではありませんでした。そんなウィリアム様だからこそ今までお仕えして参ったのです。今ローズマリー様が生きておいでなら、いったい何とおっしゃられたでしょうか」
「姉さんが・・」
サンルームの壁にかかったローズマリー肖像画に目をやる。
 緑色の目をした貴婦人。驚くほどキャンディと面差しが似ていて・・。
アルバートの中で美しい顔がキャンディと重なり、やがてキャンディの顔になる。
ローズマリーの声が聞こえたような気がした。

“ちっちゃなバート・・・”

「昨日、シカゴにキャンディス様がお見えになりました」
アルバートはジョルジュの言葉にハッと我に返る。
「キャンディが!?」アルバートにとっては思いがけないことだ。
「ウィリアム様とお話がしたいとおっしゃっておられました。キャンディス様からの ご伝言がございます。お幸せに・・・とのことでございました」
 一瞬アルバートの表情が止まったが「・・・。そうかい」と自嘲気味に笑った。
そんな彼を見ながらジョルジュは静かに言った。
「キャンディス様は泣いておられました」
「何だって?なぜ・・・」アルバートには訳がわからない。
「なぜかはわたくしにはわかりません。ですが、それがキャンディス様のお気持ちなのではないかと思います。ウィリアム様がついにお伝えにはなれなかったお気持ち への答えではありませんか?」

しばらくの間・・・アルバートとジョルジュはお互いの目をみつめ、真正面から向かい合っていた。
その刹那、アルバートはいたずらっ子のように笑みを浮かべる。
「ジョルジュ!もう少しで僕は道を誤るところだったよ。歩むべき道を決めるのは いつだって自分だ!」
「はい、ウィリアム様」珍しく微笑むジョルジュ。
「出かける!」
「どちらへ?」
「決まっているだろう?」少年のような眼差しのアルバートはニヤリと笑うと部屋を飛び出して行った。
「はい」ジョルジュは全てを承知したという面持ちで主人の後姿を見送った。

今まさにアルバートが車に乗り込もうとしたその時、一台の馬車が入ってきた。
そこから降りてきたのは思いもかけない人物だった。
「あなたは!なぜここへ?」アルバートは突然の来訪者に驚きを隠せない。
「こちらにいらっしゃるとお聞きしましたの。今日は婚約披露パーティの日ですわ。わたくしと一緒にシカゴへ戻って下さいますわね」
「メアリ嬢、あなたにお話があります。」もうアルバートの瞳に迷いは一切なかった。

 


ポニーの丘ではキャンディが高い木に登り、一人遠くを見ていた。
アルバートと二人で登ったあの木だ。
「なぁ、ジミィ。キャンディはいつになったら降りてくるんだ?」一人の男の子が訊く。
「さぁな。」ジミィはキャンディのいる木を眺めながら、素っ気なく答えた。
「あ、きっと王子さまを待ってるんだよ。ほら、なんだっけ?」
「丘の上の王子さま?」
「そう!丘の上の王子さま!」ポニーの家の子供達が口々に叫ぶ。
「でも王子さまを待っているんなら、なんであんな悲しそうな顔してるんだよ。 親分・・」
切なく心配そうに呟くジミィ。
シカゴから帰ってきてからのキャンディは努めて明るく振舞っていたが、いつもの キャディを知る者にとっては何かがあったに違いないとの確信があった。
だが、あえてそれを訊くものは誰もいなかったのだ。
「ポニー先生、どうしたものでしょうか。」レイン先生が心配そうに尋ねた。
「あの子もお年頃ですよ。いろいろあるでしょう。これからは何事も自分で乗り越え なければなりません。わたくしたちは黙って見守っていましょう」
ポニー先生はお茶を一口飲みながら静かな口調で答えた。
「そうですね。キャンディも立派な看護婦になって・・。ポニーの家の子供達もどんどん大きくなって、私達の手を離れていくのですね」
「ええ。そしてここは巣立って行った子供達のふるさとですよ。わたくしたちに出来ることは、帰ってきた子供達を温かく迎えてやることなんです」