レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

愛 の 夢 ⑦

キャンディが慈善パーティから戻ると、そこにはイライザがいた。

「あら、キャンディ。よく平気な顔をして帰ってこれたものね。さすがみなしごは神経が図太いわ。」イライザが不敵な笑みを浮かべている。
「いったい、なんのこと?」
キャンディには何を言っているのか全然わからない。
「これよ!あなたはアードレーの名前に泥を塗ったのよ。こんなものを大おばさまが見たら卒倒なさるわ。」
キャンディは差し出された雑誌のページを見て声を失った。
「まぁ、その前に即刻離婚でこの家を叩き出されるわね。」
なおもイライザが楽しそうに続けようとしたその時、
「イライザ!やめろ!」
「アーチー。」
アーチーの剣幕に一瞬ひるんだイライザだったが、彼女も負けてはいない。
「あら、本当のことじゃない。大おじさまが許すはずがないわ。」
アルバートさんはこんなことでキャンディを追い出したりはしない。彼はそんな人じゃない!」
「アーチー・・。」
消え入りそうなキャンディの声。
「キャンディ、心配しなくてもいいよ。僕もアルバートさんやジョルジュと話をしてみるから。こんな記事、酷すぎる。」
そうは言ったものの、そこに載った写真は紛れもない事実。
さすがのアーチーもアルバートがどんな反応を示すか不安だった。


「ジョルジュ。ちょっといいかい?」
アーチーはジョルジュの部屋を訪ねた。
「アーチーボルト様。どうぞお入りください。キャンディス様のことでございますね。」
「ああ、そうだよ。どうしたらいいんだろう。アルバートさんの様子はどうだい?」
「それが・・・、わたくしにもよくわかりません。何もおっしゃらず、ただ黙って部屋にこもっておられます。」
「そうか・・。やっぱりショックだったんだろうな。」アーチーはため息をついた。
「はい。それは間違いございません。」ジョルジュも沈痛な表情をしている。
「ここに書かれている過去の話はいいよ。アルバートさんも全て知っていることだ。
問題はこれだ。結婚後も・・というところ。アルバートさんが仕事でシカゴを留守にする時、テリィが舞台の合間を縫ってキャンディに会いに来て逢瀬を重ねていた・・なんて、無茶苦茶だよ。こんな茶番をアルバートさんが本気にするとは思えないけど、アードレー家の総帥としての立場もあるだろうしね。」
「わたくしもそう信じたいのですが・・、ただ茶番と笑って済ますにはあまりにもウィリアム様はキャンディス様を愛しすぎておられます。ご自身の面子に関しては、そんなことは全く気になさらないお方なので大丈夫でしょう。わたくしが心配なのは、ウィリアム様のお心の方でございます。」
「そうだ・・ね。自分への中傷は意に介さないだろうけど、でも愛する者へは・・。
愛する者に裏切られたと思ったら・・・。」
アーチーもジョルジュも為すすべもなく黙り込んでしまった。


自室に戻るとアーチーの中には押さえきれない怒りが込み上げてきた。
(テリュース、あの野郎!いったいなぜキャンディの幸せを壊すようなマネを。)
キャンディを忘れられないというテリィの気持ちはわかる。
それはアーチーだって同じなのだから・・。
身近にいてキャンディの幸せそうな姿を見続けている彼としては辛くもあり、これでよかったのだ・・という諦めの気持ちもあった。
(僕だって辛い気持ちを我慢してきたんだ。それがキャンディの為だと思うからこそ黙って見守ってきたんじゃないか。それをあいつは・・・。)
どうしようもない怒りにアーチーは持っていた雑誌をテーブルに叩きつけた。
(キャンディ!僕はどうしたらいい?いったい君の為に何をしてやれる?)


「兄貴、アンソニー。キャンディを助けてやってくれよ。」
それはアーチーの心の叫びだった。

 

キャンディはアルバートの部屋の前でじっと佇んでいた。
何度もドアをノックしようとしたが、どうしても出来ない。
(いつまでもこうしている訳にはいかない。ちゃんとアルバートと話をしなくちゃ。)
そう思い立ったその時、静かにドアが開いた。
アルバート・・。」
キャンディはその時のアルバートの目を一生忘れないだろう。
悲しみと怒りと・・・。
キャンディは必死になってその中に愛を探した。
が・・、探し出す前にその瞳は彼女の視界から逸らされた。
「もう、パーティから戻って来たんだね。」
「え?えぇ。途中で少し気分が悪くなったので、先に帰らせてもらったの。」
「そう、気をつけないといけないよ。自分の部屋に戻って少し休んだ方がいい。」


アルバートはあのことには触れないつもりだ!)
それは、静かな拒絶・・・。
キャンディはハッキリとアルバートの真意を悟った。
彼女は何も言えず、ただ黙って引き下がるしかなかった。

 

その夜は月に一度、ラガン家のメンバーが本宅でディナーを取る日だった。
年老いたエルロイが、少しでも賑やかに過したいとの気持ちから提案した催しであった。
だが今夜、ラガン夫妻は新しいホテルの開業記念パーティの準備に追われ、出席していたのはイライザとニールだけだった。
アルバート、キャンディ、エルロイ、アーチー、イライザ、ニール。
もともと話が盛り上がるようなメンバーではないが、その夜は特に重苦しい雰囲気に包まれていた。
エルロイも何か言いたげだったが、アルバートの手前何も言えない様子だ。
黙々と食事が進む。
「本当に、アードレーの名前に泥を塗ってくれたもんよね。これだから育ちの卑しいものは・・。まるでさかりのついた猫じゃない。」ついにイライザがわざとらしく吐き捨てた。
「イライザ!」アーチーが怒ったように立ち上がる。
「あら、本当の事でしょ、アーチー。そういうあなたも本当は腹が立ってるんでしょ?
大おじさまに、そして今度はテリィに出し抜かれたってね。おほほ・・。」
「なんだとっ!!」


その時だった。
急にキャンディの身体が揺れたかと思うと、そのまま床に倒れ込んでしまったのだ。
「キャンディ!!」
アルバートとアーチーが慌ててかけ寄る。
「医者だ!」アルバートが叫んだ。


アードレー家は大騒動となったが、しばらくすると医者が部屋から出てきた。
「先生、キャンディは?」
「奥様は今、眠っておられます。心労でしょう。心配はいりません。」
アルバートやアーチーをはじめ、その場はホッとした空気に包まれる。
「ただ、奥様はおめでたですよ。今は不安定な時期なので十分に注意してあげてください。」
医者はそう言って帰って行った。
「おめでた?」アルバートが呟いた。
アーチーは絶句している。
「ま、まぁ。子供が?何て素晴らしいこと。アードレー家の跡取りかもしれませんね。」
エルロイが感極まるように涙ぐんだ。


その時、イライザが不気味な笑いを浮かべながら言った。
「子供ですって?いったい誰の?テリィかしらね。」
一瞬にしてその場が凍った。
「イライザ。言っていいことと悪いことがある。」アーチーは身を震わせている。
さすがのニールも唖然としてイライザを見ていた。
エルロイは今にも卒倒しそうだ。
アルバートだけが何も言わず、ただ黙って眠っているキャンディを見つめていた。

 


しばらくの間、アードレー家は重苦しい雰囲気に包まれた。
それは跡取りができたかもしれないという夫人の懐妊にしては、あまりにも異様な雰囲気だった。
アーチーもジョルジュも何も言わないアルバートの真意を図りかねているようだ。
「あの・・、私、お伝えしたいことが・・・。」
そんな時、一人のメイドがおずおずとアルバートの前に進み出た。
「なんだい?」
「実は私、この前俳優のテリュースさんから頼まれて奥様に手紙をお渡ししたんです。」
「なんだって?」アーチーが叫んだ。
「お屋敷の外に出るとテリュースさんがいて、どうしてもこっそり奥様に手紙を渡して
ほしいと頼まれたんです。それで奥様にお渡ししました。私、あんなことがあったので
このことを旦那様に言うべきかどうか悩んだんですが、友達に相談すると言った方がいいって・・・。テリュースさんの手紙とわかってつい中を見ると、宿泊先のホテルに来て欲しいと書かれてありました。」
アーチーはメイドに掴みかからんばかりの勢いで「中身を見ただと?いい加減なことを
言うな!どうしてそれがテリィだとわかったんだ!」
「わ、私は芝居が好きなんです。もうずっと前からテリュースのファンで・・間違える
はずがありません。私、彼だとわかってもうぼ~っとしてしまって、つい中を見てしまったんです。初めて彼の芝居を見たのは『マクベス』で、その時の彼は・・・。」
メイドの話は延々と続きそうだったが、アルバートがそれを遮った。
「君の話はわかった。ありがとう、もういいよ。」
メイドはホッとしながらも、まだ話し足りない様子でその場を離れる。


アルバートさん。まさか本気にしているわけではないですよね?」
アーチーは困惑していた。
「彼女は嘘は言っていないよ。それくらいは僕にもわかるさ。」
アルバートさん!」
「ですが、ウィリアム様。そのことはともかく、せめてキャンディス様のご様子を見に
行かれてはどうですか?」
ジョルジュも苦悩の表情を見せている。
「ジョルジュ・・。僕が今キャンディに会うと、彼女を傷つけることしか言えないだろう。それならば会わない方がいいと思わないか?」
アーチーとジョルジュはもう言い返す言葉が見つからなかった。