レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

愛 の 夢 ④

二人はまるで磁石に吸い付けられるかのように歩み寄った。

ニューヨークのあの辛い夜以来の再会。

 

「キャンディ・・。あぁ、本当にキャンディなんだな。俺は夢を見てるんじゃないよな。」
懐かしいテリィの笑顔。
今まさに思い浮かべていたその人。


「テリィ・・。本当にテリィなの?どうしてここに?」

キャンディはまだ信じられない様子だ。


「今度の出張公演のために団長と劇場の下見に来たんだ。初めての劇場だから、いろいろとチェックしておきたいことがあって。シカゴと聞いて、君のことをすぐに思い出したよ。君と同じ街にいるんだって思ってた。でも・・まさか今、ここで会えるとは思ってもいなかった。」
テリィは愛しそうにキャンディを見つめていた。
「私は・・今日、公演の招待状を受け取ったの。それで一度劇場を見ておこうと思って。ここは・・。」
「アードレー劇場だもんな。そして君はアードレー夫人。劇場主の奥様だ。そしてそこで俺が舞台を演じるってわけだ。」
キャンディの言葉を遮るように自嘲気味に笑うテリィ。
「テリィ・・。」
「悪かった。そんな言い方するつもりはなかったんだ。」


「キャンディ、綺麗になったな。今、幸せか?」少しの沈黙の後、テリィは彼女に訊いた。
キャンディはまっすぐテリィの目を見て答えた。
「ええ。とても幸せよ。」
「・・・。」
テリィはもう何も言えない。

二人は長い間見つめ合っていた。

しかしその時、彼は通りを歩く人々の好奇の目に気が付いた。


「キャンディ、こっちへ。」
キャンディの手を引き、裏通りへ入る。
まがりなりにも自分は舞台俳優。顔を知られている可能性は高い。
キャンディもこのシカゴでは地元の名士夫人なのだ。
気を付けるに越したことはない。
キャンディも黙って従った。


裏通りの人目に付きにくい一角。

そこでキャンディとテリィはお互い言葉もなく立ち止まっていた。


(会えば話したいことがいっぱいあったのに・・・。)


なのに、言葉が出てこない。
ただ、お互いに黙って相手の目を見つめ続けることしか出来なかった。
沈黙を破ったのはテリィだった。
「俺は・・、君がアルバートさんと結婚すると聞いて気が変になりそうだった。この1年、ずっと何も考えまいと芝居に打ち込んできた。皮肉なものだな。そうすると周りは『凄みを増した芝居』だの『彼の悲壮感はシェイクスピアの真髄だ。』などと、ずいぶん褒め称えてくれたよ。」
テリィは可笑しくて堪らないというように笑う。
「テリィ・・・。」
「可笑しいだろう?悲壮感?当たり前だよな。演じている本人がシェイクスピアの悲劇そのものなんだから。あはは・・。笑っちまう。可笑しすぎて涙が出るぜ。」

 彼はまだ笑っている。
キャンディは長い前髪に隠された涙に気が付いてしまった。


「俺は・・、ずいぶんと自分を責めた。バカな自分をね。なぜ、あの時俺は・・・。」
「テリィ!」
その言葉を決してテリィに言って欲しくはなかった。
 彼もキャンディの気持ちに気が付いたのだろう。
「間違えないでくれ。俺はあの時スザナを選んだことを後悔しているんじゃない。俺が後悔しているのは・・君がシカゴにいるとわかった時、なぜそのままニューヨークへ攫って帰らなかったのかということだ!」
キャンディはテリィの激情の渦に飲み込まれそうになった。


そして次の瞬間、キャンディは自分に何が起こったのかしばらく理解できなかった。


(息が出来ない!)


熱い唇・・。
それがテリィの唇だと気がつくのにどれくらいかかっただろう。
押し寄せる情熱。眩暈がしそうだ。
何もかもが現実から消えていき、ただ彼の愛だけを感じていた。
やがて・・、重なり合った唇が静かに離れていく。

それでもキャンディは身動きが出来ない。
まだしっかりとテリィの逞しい腕にその身体を閉じ込められていたから。


「キャンディ・・・。」
 掠れた声でテリィが囁いた。


“キャンディ・・・。”
優しい声が脳裏を駆け巡る。


アルバート・・・。)
次の瞬間、キャンディは思いっきりテリィの腕を振りほどいて何かを叫んだ。
そして、来た道を走り去ってしまったのだ。


「キャンディ!!」
テリィは確かにキャンディの叫んだ言葉を聞いた。
そしてそのままその場に立ち尽くしてしまった。


だが・・・。
二人は気付くべきだった。

そんな二人をじっと見つめる人影があったことを・・・。