レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

花咲くポニーの丘で ③

それから数日が過ぎたある日。
 (この前のアルバートさん、何だかいつもと違っていた。いったいどうしたんだろう。)
キャンディはなぜかそのことが気になって仕方がなかった。
 何かあったのだろうか。仕事か、それとも・・・。
そんな物思いに耽っていると、外で来客らしき声がした。

(いったい誰?お客様が来るなんてポニー先生からは聞いてないわ。)

 天気が良いのでポニーの家のみんなはピクニックに出かけていた。
誰もいないので外へ出ると、驚くことにそこにはアニーとパティがいた。
「まぁ、アニーにパティ!しばらくね。何の知らせもなく急にどうしたの?まぁ、入ってちょうだい」

お茶の用意をしながら「ちょうどよかったわ、今日は早番だったのよ。シカゴはどう?みんな変わりはないのかしら?」と尋ねるキャンディに、アニーとパティは戸惑ったように顔を見合わせる。

「キャンディ、ちょっと心配になって来たのよ」思い切ったようにパティが切り出した。
「心配って何の?」カップを持つ手が止まる。
「キャンディ、あなたアルバートさんのこと知ってる?」

 今度はアニーが心配そうに訊いた。
アルバートさんがどうかしたの?」今まさに気になっていたのはそのことだ。
アルバートさんが婚約するって噂なのよ。聞いてない?」
「婚約?アルバートさんが?」いきなりの話でキャンディ自身もビックリした。
「噂ではお相手はバーンズ家のメアリ嬢らしいけど、何でもこの話を持ちかけたのはバーンズ家らしいわ。ご令嬢のたっての希望ということでね。格式の高い名家の令嬢だからということで、大おばさまの一存で決まったそうよ。それでね、来週パーティがあって、どうもそれが婚約披露パーティらしいのよ」
「来週?もしかして本宅で?」
アルバートさんが言っていたパーティのことだろうか。
「そうよ。知っているの?」アニーもキャンディが知っていることに驚いた様子だった。
「え、えぇ。まぁ」

“来週、あるパーティがあってね。君にも出席して貰いたいんだ。その時は僕に・・・。”

(それならなぜあの時私のエスコートを・・。)
キャンディにはアルバートの考えがわからなかった。

「アーチーが言うにはアルバートさん、エルロイ大おばさまと大ゲンカをしたんですって。結婚相手は自分で決めるって・・。でも大おばさまはガンとして譲らなくて、結局パーティは開かれることになってしまったらしいの。こんなの酷いわ」
アニーは憤慨しているようだ。
「そうだったの・・」
アルバートさんが婚約・・。結婚してしまう・・。)
なぜか心の中に冷たい風が吹いたような気がした。
「アードレー家の総長はアルバートさんなんだから、大おばさまの言いなりになる必要はないと思うんだけど色々事情があるらしいの。アーチーは肝心なことは何も言ってくれないから良くわからないのよ」
「ねぇ、キャンディ。あなたこれでいいの?」今度はパティが問う。
「あら、何を言ってるの?アルバートさんが幸せになるんなら、私はもちろん賛成よ」
 口からはおざなりの言葉が滑り落ちる。
「ウソよ!アルバートさんはキャンディのことを想っているのよ。そしてあなたも・・」
 思わずキャンディの腕をつかむアニー。
「アニー!いったい何を言っているのかわからない。アルバートさんと私は兄妹みたいなものよ。それはアルバートさんもよくわかっているわ」
「私はそうは思わないわ。この2年で二人の気持ちは少しずつ変ってきている。アルバートさんはそれに気が付いている。それを認めようとしないのはあなたとアーチーだけよ!」
「アニー、あなた・・。」

キャンディとパティはいつもは物静かなアニーの激しさに戸惑っていた。

「ごめんなさい。でも、私わかっているの。アーチーは今でもキャンディのことが好きよ」
突然のアニーの言葉にキャンディは呆然とするしかなかった。
 「アーチーはキャンディが好き。そしてアルバートさんのキャンディへの想いも知っているわ。本当はこのままアルバートさんに婚約して欲しいんでしょうね。でも、そう願う自分に嫌気が差してるのね。ここのところずっと辛そうな顔をして考え込んでいるわ。それはアルバートさんも同じよ」
「アニー、何を言っているの。アーチーにはあなたが・・」

そんなキャンディの言葉を遮るように「彼の気持ちはそばにいる私が一番よくわかるわ」
そう言ってアニーは寂しそうに微笑んだ。

キャンディもパティも言葉が出てこない。
「本当はこんなこと言うために来たんじゃないの。キャンディ、あなたに自分の気持ちと真正面から向き合って欲しいのよ。テリィへの気持ちは知っている。でも、もう彼は あなたと共には進めないのよ。彼は彼の道を歩み出したわ。いつまでもあなただけが立ち止まってちゃいけないのよ」

『キャンディ、あなただけの幸せを見つけて。自分の心にウソをつかないで』

そういい残してアニーとパティは帰って行った。

 

アルバートは一人自室でエルロイとの激しいやり取りを思い返していた。

「あなたももう29歳。いつまでもアードレー一族を束ねる総長であるあなたが一人身と いうわけにはいきません」

「結婚は自分自身で決めます」
「ウィリアム、この婚約にはアードレー家の命運がかかっているのです。あなた一人の問題ではありませんよ!」
「大おばさま、僕はアードレー家の奴隷ではありません!」

結局のところは家柄と財産を欲する家同士の政略結婚だった。

シカゴを牛耳るアードレー家の若き総帥を社交界が放っておくはずがなかった。
次から次へと舞い込む縁談。
断り続けるアルバートの忍耐も大変だったが、それでも放っておかない社交界も大変なものだ。

アルバートの気持ちを尊重し、黙認していたエルロイもバーンズ家からの打診にはついに重い腰をあげた。

イリノイ州・・・いや、アメリカでも有数の名家。
さかのぼればヨーロッパの名門貴族にまで辿り着くという。
その家と縁戚関係になるということは、スコットランド移民にすぎなかったアードレー一族にとって確固たる地位を築くことを意味していた。
富も権力も手に入れたら次は名誉が欲しくなる。

すなわち貴族の血というわけだ。
「ふん。」権力や名誉などに何の関心もないアルバートにとっては馬鹿げた話だ。
アードレー一族のため・・。そのためにその身を差し出されようとしているのだ。
世界を放浪し、挙句の果てには記憶喪失にまでなってエルロイを心配させたアルバートとしては、出来ることならその願いを叶えてやりたいと思っていた。
しかし・・・。
「よりによってなぜ結婚なんだ。他のことなら何でも良かったのに・・・」
アルバートの脳裏にキャンディの笑顔が浮かぶ。
そばかすだらけの可愛い笑顔。それは記憶を取り戻した時、真っ先に浮かんだ笑顔だった。
 (僕は・・自分の進むべき道がわからなくなってきたよ。)
その日、その部屋からアルバートが出てくることはなかった。