レイクウッドの森

アルバートファンによる不朽の名作「キャンディ・キャンディ」の二次創作ブログです。

花咲くポニーの丘で ④

「自分の心にウソをつかないで・・・か」キャンディはそっと溜息をつく。
アンソニーが死んだ時、テリィと別れた時、ステアが戦死した時・・辛い時にいつもそばにいてくれたのはアルバートさんだった。
アルバートさんがいなくなった時、すごく寂しくて会いたくて堪らなかった。
大おじさまとわかった時は嬉しくて・・、あの時は感謝の気持ちでいっぱいだったけど、それだけじゃなかったわ。

またアルバートさんと会えたことがすごく嬉しかった。もう会えないかもしれないと不安だったから。

なぜあれほどまでに会いたくて堪らなかったのか、深く考えたこともなかった。

そして・・・アルバートさんは丘の上の王子さまだった。
ずっと心に秘めていた私の初恋の人。
なんて、なんて素敵なことだったんだろう。
そんな素敵な運命を、どうして私はちゃんと見てこなかったんだろう。

テリィ・・・。アンソニーとは違う気持ちで好きになった人。
アンソニーへの気持ちを吹っ切らせてくれたのも彼だった。
ちょっと強引でキザで、けれど優しくて自分の信念を持った心の強い人。
でも優しすぎて・・あんなことになっちゃったわね。もっと冷たくて自分のことだけ考える人だったら良かったかな。でも・・そんな人ならこんなに好きにはならなかったよね。

“いつまでもあなただけが立ち止まってちゃいけないのよ。”

アニーの言葉が響く。

泣き笑いしながら空を見上げた。いつもこんなに日差しが眩しかっただろうか。
「テリィ、あなたが好きよ。あなたへの想いは一生、私の心の中の一番大切な場所へ取っておくわ。だから・・・さようなら」

 

 

その日、バーンズ家のサロンには一足先にメアリの婚約を祝う親しい友人たちが集っていた。
立ちのぼる紅茶の香りに優雅な笑い声。そこだけがまるで別世界のようだ。

その中でもひときわ目を引く美しさ。
バーンズ家令嬢メアリの周りには華やかな空気が漂っていた。
「メアリ、いよいよ婚約ね。おめでとう」
「本当に羨ましいわ。アードレー家の若き総帥ウィリアム様と婚約なんて。この前オペラハウスでお見かけしたけど素敵な方ね」
バーンズ家のサロンに集まった令嬢たちが羨ましげに語り合っていた。
「ありがとう」誇らしげに微笑むメアリ。
「アードレー家の総長が正体を現した時、社交界は大騒ぎでしたものね。まさかあんな にお若くてハンサムな方だったなんて。ずっと姿を隠して世界を旅してらしたんで しょう?たくましくて素敵ですわ」ウットリとする女性。
「でも彼には旅先で出会った忘れられない女性がいるって噂よ。ほら、ずっと縁談を断ってらしたんでしょう?」そんな中、一人の招待客が何気なくそう口にした。
「あなた、ちょっと・・」
 客の一人が素早くメアリの顔をうかがい、その女性に肘打ちする。
「あ・・。いえ、あくまで噂よ。でもそんな彼がメアリとの縁談は承知したんですもの。さすがだわ」その女性も慌てたように取り繕う。
メアリは何気ないそぶりを装っていたが、その場には冷たい雰囲気が広がってしまった。
「あ・・ほら、そういえばメアリのお父様はイギリスのグランチェスター公爵と親交がおありよね。だったらあの公爵家の本来の跡取りがニューヨークのストラスフォード劇団のテリュースだってことはご存知かしら」
さきほどから一番お喋りに花を咲かせていた女性が機転をきかせて話題を変えた。
「ええ、知っているわ。一時消息不明になっていたけど、最近また主役を演じる ようになったとか・・。父と何度か舞台を見に行ったこともあるわ。とても力強く、でも繊細な演技をするこれからが楽しみな役者だと聞いているわ」
彼女は舞台の上で堂々と主役を演じる、端正な顔立ちをした若い役者を思い出していた。
「じゃあ、そのテリュースがその劇団の元女優スザナ・マーロウと近々婚約するという噂は?」
「いいえ、聞いていないけれど・・。本当なの?」なぜか意外な気がしたのだ。
「数年前舞台ライトの落下で片足切断、再起不能というニュースはショッキングだったわよね。でも実はその事故はテリュースを庇って起きたらしいわ。だから彼は責任を感じて彼女と婚約するというもっぱらの噂よ。同じ婚約でもあなたとは大違いよね、メアリ。私だったら情けを理由に相手を縛り付けるような、そんな惨めな結婚はいやだわ」
「よこしまな当て推量はおよしなさいな!」
 突然顔色を変えたメアリの激高にその場にいた誰もが息をのんだ。
そして当のメアリは「少し頭痛がするの。失礼させていただくわ」と言い残すとそのまま部屋を出て行ってしまった。

サロンを出て、自室に戻った彼女は椅子に深く腰掛け溜息をつく。
(相手を縛り付けるような惨めな結婚ですって?なぜわたくしがそんな言葉に動揺しなくてはならないの。この結婚はウィリアム様も望んでおられるはず。エルロイ様はそうおしゃっていたわ)
かぶりを振りながらアルバートの笑顔を思い出す。
(いいえ、わたくしに接する態度は儀礼的なものだった。優しい物腰は社交的なものでしかなかった。ずっと縁談を断ってらした理由がその忘れられないという女性だったら・・。そしてこの縁談を承知した理由がわたくしではなく家のためだとしたら・・。わたくしもウィリアム様を縛りつけ、惨めな結婚をするというの?)
先程までの誇らしげな気持ちは、もう彼女にはなかった。